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平成10年度の研究成果

南洋に海底地震計アレイを敷く─白鳳丸KH98-1航海

荒木英一郎(東京大学海洋研究所)
オントンジャワ海台での海底地震計観測
熱いケアンズ、暑いオントンジャワ
広帯域海底地震計で見えるもの
おわりに
数日前の大雪が未だ残る東京は晴海埠頭を1998年1月16日、29台の海底地震計を載せて東京大学海洋研究所白鳳丸は出港した。航海の主な目的地は東マリアナ、ソロモン諸島およびオントンジャワ海台であった。 各地域には我々の海底地震計を設置し、観測を行った。また、海半球プロジェクトによる海底電磁気計も伊豆小笠原、東マリアナ、オントンジャワ海台に設置し、観測を行った。 本稿では、特に海底地震計によるオントンジャワ地殻構造探査及び広帯域地震計アレイによる自然地震観測について述べる。
[オントンジャワ海台での海底地震計観測]
オントンジャワ海台は、太平洋プレートの南西縁に位置し、ソロモン島弧に接する巨大な地形の高まりである(図1)。
図1 今回観測を行ったオントンジャワ海台は太平洋南西縁辺に位置する。

この高まりは、ここが一般の海洋地殻とは違った地殻構造を持っていることを反映しており、この異常は120 Maおよび90 Maの巨大マントルプルームに関連づけられる激しい火成活動によるものと考えられている。 しかしながら、この巨大な海台がどのような地殻構造を持っているかは、大規模な地殻構造探査が行われていなかったためはっきりしなかった。 また、この構造が上部マントルまで達しているとみられるという研究もあるが、オントンジャワ海台近傍には地震観測点がほとんどないため、上部マントルの解像度の高いイメージを得ることは既存観測点網からのデータだけでは不可能に近い。 こんな時は、ターゲットの近くに寄って調べることが一番確かな方法である。そこで、今回はオントンジャワ海台上に多数の海底地震計を展開し、大規模な地殻構造探査を行ってオントンジャワ海台の地殻構造を明らかにするほか、 新しく開発された広帯域海底地震計を5台設置し、ソロモン島弧で起こっている地震からの実体波や、遠地で起こる大きな地震に伴う表面波を利用し、オントンジャワ海台の上部マントル構造の推定を試みた。
 海底地震計は新開発の広帯域地震計を含めて図2に
図2 白鳳丸の甲板上に並べられた我らが海底地震計。船上で最終組立を行っているところ。

見えるような外形をしており、地震計、記録装置、電源が耐圧ガラス球に納められ、重りに取り付けられている。設置は、船から地震計を自由落下させて行い、回収は船から海底の地震計に音響信号を送り、 重りを切り離させ浮上させることで行うしくみである。このシステムは長年にわたって海底地震観測で使われているものである。これらの地震計を図3にあるように
図3 観測点の配置。黒丸が今回新開発の広帯域海底地震計の設置点で、白丸は従来型の海底地震計。南側に並ぶ島々はソロモン諸島で、地震活動が活発である。

オントンジャワ海台上に十字形に展開した。各地震計は、1月末にオントンジャワ海台中心部の深さ1500〜2000 mの海底に設置された。 観測時のオントンジャワ海域は風も1年のうちで比較的弱い時期であり、波も低く、設置・回収作業は比較的容易であった。 オントンジャワ海台に続き、オントンジャワ海台とソロモン島弧の境界部、およびブーゲンビル島の南にも、地震活動を調べるために海底地震計の設置を行った。 設置後、海底地震観測以外の探査を行い、ケアンズに入港、オントンジャワ海台を再び訪れたのは2月中旬であった。白鳳丸からハイドロフォンストリーマを曳航し、計54 l からなる大容量エアガンアレイ(制御震源)を発震させながら、海台を横切るように航行した。 ハイドロフォンストリーマアレイには海底やさらにその下の境界層からの反射波が受信され、それによって地殻の比較的表層の様子を詳細に見ることができる。 エアガンの信号は同時に海底地震計で受信され、その記録によって地殻のさらに深い部分までの構造が明らかにされる。本航海での記録にはモホ面からの反射波を明瞭に認めることができ(図4)、
図4 広帯域海底地震計でとられたエアガンによる構造探査記録の例。PmPはモホ面で反射した波を示す。

解析の結果、オントンジャワ海台は海域としては非常に厚い地殻を持ち、その厚さは35 kmから40 kmと場所によって異なることがわかった。
[熱いケアンズ、暑いオントンジャワ]
KH98-1白鳳丸航海は3つのレグに分かれており、レグ1とレグ2の間にオーストラリアのケアンズに入港した。ケアンズでは観測機器の積み下ろしと、レグ2に備えての観測機器の整備を行ったが、どちらも甲板上での作業である。 2月のケアンズはちょうど太陽が真上に位置し、日差しは過酷である。わずかな時間の作業で、喉はからから乾くし、日焼け止めの塗りの足らない所はすぐに真っ赤に焼けてしまった。しかし、夕方になれば過ごしやすくなり、 作業も終わった我々は毎日毎日ケアンズの町へ繰り出した。 ビールが美味い!この1杯のために生きているという感じである(大げさ)。中でもXXXXは大人気で、出航前には買い出しをして、レグ2航海中も楽しんだ。とはいっても1日に何本も飲むのですぐになくなってしまった。
 さて、出航後、オントンジャワ海台では、ハイドロフォンストリーマを曳航し、エアガンを20秒おきにひたすら海上で発破しながら航行した。それを24時間10日以上も続ける非常に単調な航海である。エアガンの発破総数は3万発近くに達した! エアガンの調子は時々悪くなるため、しばしば甲板上でのエアガン回収、修理、再投入の作業が必要である。赤道直下、2月下旬のソロモン・オントンジャワ海域は、ケアンズより日差しは穏やかなものの、やっぱりしんどい。 今度は熱帯直下で湿度が高めなため、わずかの時間の作業でも体からは汗がびっしり噴き出し、乾くことがない。時にはスコールの下に入り、少しは過ごしやすくなるけれども、やっぱり鬱陶しい。 とはいえ、ソロモンの海はたとえようもないほど蒼く澄んで、太陽を背に海を覗けば 海に染み込む自分の影に吸い込まれそうな気がするほど綺麗であった。 いろんな海域でこれまで航海をしたけれども、オントンジャワの海の色は、とりわけ印象深いもので、何と言っていいのか、毒々しい感じすらするような色なのだ。 そんな海を見ながらの航海なら、しんどい作業も(楽にはならないけれど)また良いものかもしれない、と思った。
[広帯域海底地震計で見えるもの]
 エアガンの信号とともに、海底地震計は自然地震の地震波も観測する。従来型の海底地震計は数Hz以上の短周期の地震波のみを観測できる。 オントンジャワ海台に隣接したソロモン島弧では、頻繁に地震が発生しており、それら地震のP波やS波を多数観測する事ができた(図5)。
図5 オントンジャワ海台で観測したソロモン諸島で起こった地震の記録例。

これらの地震波はオントンジャワ海台下の上部マントルを通過し、展開された地震計で観測されるため、これらの地震波を解析することにより、海台下の上部マントルの構造を調べることができるだろう。 さらに、新開発した広帯域海底地震計5台では、遙か遠くの地震から発生する表面波も観測することができ、 それらもオントンジャワ海台下の上部マントルの構造推定に役立てることができる。
 新しく開発した広帯域地震計は、PMD Scientific, Inc.製 PMD2023WBセンサーを搭載している。このセンサーは0.033 Hz - 20 Hzと、これまでの海底地震計に使われてきたセンサー(観測帯域4.5 Hz以上)より遙かに広い周波数帯域の地震波を観測することができながら、 消費電力は非常に少なく(90 mW)、地震計の水平度に対する要求も緩やか(10度以内の傾斜なら正常に動作)なため、ほとんど変更を加えることなく、従来の海底地震計システムに実装することができた。 また、このPMDセンサーにより得られた記録をセンサーの震動台試験の結果に基づいて校正することにより、0.02 Hz - 20 Hzの範囲で正確な地動記録を復元することが可能である。 これまで0.02 Hz - 数Hz の帯域は、海底では高精度の記録が取れない、ある意味で未知な領域であったが、今回のオントンジャワ海台での3週間ほどにわたる観測により、海底でこれらの帯域を観測することにより何が見えて、それはどのようであるかがわかってきた。 この広帯域海底地震計により、以下に述べるようなものを新しく観測することができた。

1)長周期実体波
 遠方の地震からの実体波は、短周期成分が地殻、上部マントルで大きな減衰を受けるため、数秒より長い周期でのみ観測されることが多い。遠方からの地震波は地球深部を通るため、地球深部構造を研究するためには非常に重要である。 海底ではこれまでセンサーの制限から数秒より長い周期の実体波を観測することはできなかったが、今回の実験で新しい広帯域海底地震計によって観測することができた。図6は遠地地震の長周期実体波の観測例で、下部マントルの深い部分まで達したものである。
図6 オントンジャワ海台で観測したアフガニスタンの地震の長周期実体波記録例。各成分ごとに3観測点を並べて示した。図に示された理論走時はそのすべてが見えているわけではない。

このような地球深部を通ってくる地震波は、地球深部の構造の影響を受けており、観測した波を解析することによって深部構造が推察されることが期待される。

2)表面波
 表面波は主に20秒より長い周期で卓越し、波長に応じた深さまでの地球表層の構造を反映する。今回の実験に使用した地震計は、周期50秒まで観測することができ、3週間あまりの観測期間に、いくつかのM6を越える地震について、明瞭な表面波を認めることができた。 図7はバンダ海の地震の表面波波形である。
図7 オントンジャワ海台で観測したバンダ海の地震の表面波記録例。各成分ごとに3観測点を震源に近い順に並べて示した。

この海底地震計は3成分を記録しているので、観測された水平動の波形を回転させることにより、表面波をレイリー波とラブ波に分離することができた。図に示した波形は、回転を行った後のものであるが、明瞭に2つの波が分離されて観測されていることがわかる。
[おわりに]
今回のキャンペーンでは、新開発の広帯域海底地震計をアレイで展開することにより、これまでの海底地震計では全く観測することができなかった様々な地震波を観測することができたことが、特に個人的にも嬉しかった。 これらの地震波はどれも、地球のより深い部分を調べるためには必須のものである。このような観測が可能になった今、やっと、地殻を越えて海底からマントルや核などの地球深部を探求するための道具立てが揃ったといえるのではないかと考えている。 もちろん、まだまだ道具としては始まったばかりで、いろいろと改善すべきことが多いことも事実である。たとえば、センサーと同じ容器に納められたレコーダの震動がかなり長周期まで地動として観測されたことから、 地震計と地面とのカップリングは短周期だけでなく長周期においてもそれ<ほどよくないということが推察された。また、長周期での地震計のセンサーノイズは現行では地動ノイズを大きく上回り、もっと「静かな」センサーを搭載すれば、より良質の観測ができるものと期待される。 低ノイズ化に関しては近年の進歩は著しく、同じ価格クラスのセンサーについて数年間で10 dB以上の改善が達成されていることを記しておきたい。観測期間についても、現行の1ヶ月強というのは短く、深部構造に関して信頼性の高い結果を得る実験を行うには半年の記録期間が必要と考えている。 しかし、これも現在そのような記録装置ができつつあり、近い将来に長期観測実験を行うことが可能であろうと期待しているところである。

[参考文献]
荒木英一郎・他, 広帯域超小型海底地震計の開発(その1), 日本地震学会講演予稿, 1997.
Abramovich, I.A. et al., Improved, Wide-Band Molecular Electronic Seismometer and Data Acquisition System, AGU Fall Meeting Abstract, 1997.
Richardson, W.P., Evidence for a Chemical Mantle Root Under the Ontong-Java Plateau: A Slow "Oceanic Tectosphere"?, AGU Fall Meeting Abstract, 1998.