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海半球プロジェクト海陸共同臨時地震観測計画

森田 裕一、塩原 肇 (東京大学地震研究所)
1.計画の概要と目的
 海半球計画も開始から3年が経過し、当初計画していた定常広帯域地震観測点の整備も順調に進み、現在北西太平洋地域に10 観測点が稼動している。 これらの定常地震観測点はグローバル地震観測網の一つとして、我々が地球内部構造研究に利用するのみならず、全世界の地震学研究者にデータを広く公開し、 固体地球物理学の分野における日本の責務の一端を果たしている。
しかしながら我々の観測網をはじめ、多くのグローバル地震観測網の観測点間隔は 1000 km程度であり、グローバルな地震波速度3次元構造を解析するには大変有効であるが、 波長数 100 km程度の不均質構造が卓越する下部マントルや核・マントル境界の地震波速度構造を解析するには十分でない。これらの構造を明らかにする為には、 高密度に観測点を配した臨時観測の実施が不可欠である。 そこで我々は、 地球物理学的に興味のあるフィリピン海から中国にかけての地域で、海底地震計とポータブル広帯域地震計を用いた約2年間の臨時観測を計画している。 この観測計画は陸上のみならず海底でも同時期に地震観測を行ない、観測データを併せて解析することが鍵である。観測予定点を図1に示す。

図1 海陸合同臨時観測の観測予定点。○は陸上観測点、△は海底観測点。今のところ、陸上 16 点、海底 15 点の観測が計画されている。
観測地域をフィリピン海から中国大陸に定めたのは以下の様な理由である。地震波速度3次元トモグラフィーの結果(Obayashi et al., 1997)によると、 この地域は沈み込んだプレートに対応すると思われる高速度領域がマントル遷移層(深さ 600 kmから 800 km)に横たわる様に分布しているように見える(図2)。

図2 ISC に報告された P 波到達時刻データに基づく3次元 P波速度構造(Obayashi et al., 1997)を、臨時観測の観測点にほぼ沿って切った断面。 沈み込んだプレートが深さ 600 kmから 800 km付近で停留しているように見える。
しかし、現在の解析結果では観測点の分布が疎らであるので分解能がそれほど高くない。チェッカーボードテストの結果(図3)から明らかなように、 既存の観測点の走時データだけでは分解能が不十分であるが、 臨時観測を行なえば分解能の向上が期待できる。つまり、沈み込んだプレートの像を高分解能で得ることが、 この臨時観測の第1の目的である。

図3 チェッカーボードテストによる臨時観測の効果の検証(Obayashi et al., 1997)。Fiji から中国内陸部にかけての断面。 A:既存の観測点のみのデータ(3年分)を用いた場合の結果。B:既存の観測点に臨時観測点のデータを加えた場合の結果。分解能の悪い所は、白黒の区別がはっきりせず全体に灰色になる。 臨時観測のデータを加える事により、分解能の向上が見られ、鮮明な3次元速度構造が得られるものと期待される。
3次元トモグラフィーばかりでなく、 変換波の観測も沈み込んだプレートの状態を知る大きな手がかりになるであろう。 上部マントルと下部マントルの境界である深さ670 kmの境界面はスピネル〜ポストスピネルの相転移であり、近年高圧実験等で相転移の圧力、温度条件が精度良く求められてきている。 つまり、ある地域でこの境界面の深さが何km か深くなった場合、そこでは周囲に比べ温度が何度低いかという事が推定できる。この境界面での地震波速度のジャンプは大きく、 S波からP波へ、またはP波からS波への変換波が良く検出される(例えば、Niu and Kawakatsu, 1998)。 従って、沈み込んだプレートが停留している中国大陸の上で地震観測をすれば、このような局所的なプレートの温度変化が変換波の走時から推定できる。
 更にここで計画している観測点の配置は、地震活動度の高いFiji、Tonga 地域から大円方向に震央距離 70〜90 度の範囲に分布している。 少し方位が異なるが、日本列島の地震観測網(例えば J-Array)もほぼ同じ震央距離に位置し、コア・マントル境界(CMB)直上の D" 層の高速度層からの反射波である PdP が観測されている。 しかも、この高速度層の厚さが反射点の位置により異なっているようである(Yamada and Nakanishi, 1998)。日本から見るだけでなく、臨時観測のデータをあわせて解析すれば、 西太平洋地域のより広い地域で、この高速度層の厚さの変化などの CMB、D" 層の不均質構造が推定できる。この地域は D" 層の地震波速度が急激に変化している領域であり、 現在注目されている ULVL(超低速度層)はこの地域の東側で見出されている。そのような意味で、この地域の CMB の不均質構造は大変興味が持てる。
 上記の様にフィリピン海から中国大陸にかけて地震観測を行なうと、地球物理学的に興味深い観測データが得られる可能性が高い。この様な理由から観測網の位置を決め、準備を開始した。

2.準備状況
 上記の様な海陸合同地震観測を実施しようとすると、数々の困難に直面する。一つは海底地震観測を行なうための船舶の確保であり、もう一つは外国での観測では避けられない相手国との調整である。 また、海底観測においては勿論であるが、陸上観測においても海外では保守が簡単にできないため、信頼性の高い高精度の観測機材も必要である。以下に海底観測と陸上観測に分けて、その準備状況を述べる。

2-1.海底観測
 この観測では遠地実体波を記録することが目的であるので、稍広帯域(数秒まで)の地震動を長期間連続で記録可能な海底地震計を使用する(金沢, 1998)。 センサーは、1Hz の速度計(Lennartz 製、LE-3D Lite)を、海底に設置した際にセンサーの傾斜を補正する専用のレベリング機構に載せて使用する。傾斜の補正はデータレコーダーからの制御により、 観測開始前及び観測中に定期的に行う。また、より長周期の地震動(30 s〜)を捉えるためにPMD製のセンサー(WB2023LP)を採用することも考慮している。 このセンサーは低消費電力で、数度の傾斜があっても動作するためレベリング機構は不要である。信号記録用のデータレコーダーは、64または128 Hz のサンプリングで実効 20 bit分解能の A/D 変換器を用いている。 記録媒体として2.5インチの大容量ハードディスクを複数使用して総記憶容量を24 GB程度確保し、長期間連続の地震観測に対応している。 レコーダーに内蔵される刻時装置は温度補償型水晶発振器(約 0.5 ppm)を使用するが、海底での温度環境が非常に安定しているので必要充分な時刻精度を保てる。 容器には長期間の海底での設置による電蝕を防ぐと同時に内容積を増やし浮力を確保するため、チタン材の球形耐圧容器を用いる。また、電源には大容量のリチウム1次電池(DDサイズ)を使用する。 このようなシステムを用いることにより、今までにない約1年間という長期間の連続記録が収録できる。
現在、地震計の設置のスケジュールを立てているが、設置に利用する船舶の確保が大変困難な状況にある。8月以降に利用可能な船舶をできるだけ用いて、設置する計画である。

2-2.陸上観測
 昨年度より、中国国家地震局分析予報中心と連絡を取りながら、観測計画を立案してきた。観測予定点は、各省地震局の観測所(多くは有人)の構内であり、観測壕のある場所も半数程度ある。 これらの観測点の多くは、地震計が短周期のみであったり、テレメータがアナログでダイナミックレンジが小さかったりして、近代化が遅れている。そのため、我々が広帯域地震計を設置する事を中国側も歓迎している。
観測を始めるにあたり各機関と協議を進めてきた。現在はその最終段階にさしかかり、最難関の相手である中国軍参謀部と協議している。観測準備を進めるうちに、中国国内での地震観測には軍隊の承認が必要であることが判り、 国家地震局を通して申請を出した。日本では地震観測に防衛庁の許可など不要であるが、この様なシステムの違いは外国での観測にはつきもので、場合によっては計画が頓挫する可能性もあり心配している。
観測機材は、この海半球計画が発足した際に新たに開発した記録システム(Morita, 1997)を用いる。従来の同種の記録システムはワークステーションをベースに組み立てられており、多機能であるが重量が大きくて運搬に多大な労力を要する。 また、消費電力が大きく、無停電装置等を利用した電源管理が不可欠である。このような方式だと保守が難しくて外国での委託観測には不適当である。新たに開発したシステムは小型・軽量(重量約4kg)であり、消費電力も極めて小さい(約 0.8 W)。 これは従来の機器に比べ、重量及び消費電力とも約1/4である。運搬が容易であるので、万一故障した場合でも新しいシステムを簡単に送る事ができ、保守が簡単である。更に、どこでも入手可能な自動車用蓄電池を併用すれば、 停電が度々ある劣悪な環境でも安定して連続記録を収録できる。操作は極めて簡単で、観測機器に慣れていない人にも気楽に保守を委託できる。
 上記のような記録システムの完成により、過酷な条件下でも広帯域地震臨時観測が可能になり、海外での臨時地震観測を具体的に立案できるようになった。

3.まとめ
 以上のように、実施にはまだ乗り越えるべき障壁があるが、海底地震観測と陸上広帯域地震観測を同時に行なう臨時観測の計画を立案し推進してきた。 地球内部構造研究の発展のためには、海域を含めて今まで観測されていなかった地域での観測が不可欠である。この臨時観測の実施により、海陸合同観測、長期海底地震観測、外国での地震観測の経験を積むことができる。 この観測で得られたデータを活用して研究を進めると同時に、今後はこの経験を生かして他の地域での臨時観測を計画して、日本の地球内部構造研究の発展につなげたい。 またここでは述べなかったが、この臨時観測計画では電磁気の観測もほぼ同一の測線で行なわれる予定であり、地球内部を総合的に解明することを目指している。

4.参考文献
金沢敏彦、1998, 機動型広帯域地震観測と海底観測の準リアルタイム化、海半球ネットワークニュースレターNo.2, 27-31。

Morita, Y., 1997, Ocean Hemisphere project,Mobile Seismic observation system, Proceedings of OHP Symposium "New Images of the Earth's  Interior through Long-term Ocean-floor Observations" , 74-75.

Niu, F. and H. Kawakatsu, 1998, Determination of  the absolute depths of the mantle transition zone  discontinuities beneath China: Effect of the    stagnant slabs on the mantle transition zone,   Earth Planets Space, 50, 965-975.

Obayashi, M., T. Sakurai, and Y. Fukao, 1997, Comparison of recent tomographic models,    Proceedings of OHP Symposium "New Images  of the Earth's Interior through Long-term     Ocean-floor Observations" , 29.

Yamada, A. and I. Nakanishi, 1998,Short-wavelength lateral variation of a D"  P-wave reflector beneath the southwestern Pacific, Geophys. Res. Lett., 25, 4545-4548.