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GGP-Japanネットワーク

北極・Ny-Alesundでの超伝導重力計観測始まる

佐藤忠弘(国立天文台地球回転研究系)、竹本修三(京都大学大学院理学研究科)
1.GGPの概要とGGP-Japanネットワーク  へ
2.SG観測のターゲット  へ
3.研究の進展  へ
4.Ny-Alesundでの観測立ち上げ  へ


 海半球ネットワーク計画第3班の観測計画の一環として、日本の超伝導重力計(Superconducting Gravimeter, SG)関係者はGGP-Japanネットワークと称する国際観測網を展開している。 本プロジェクトで今までに立ち上げた観測点はキャンベラ・オーストラリア(1997年1月)、バンドン・インドネシア(1997年11月)で、ニュースレター3号で調査報告があった北極・ニーオルセン(Ny-Alesund)での観測を1999年9月に開始した。 この観測点が立ちあがったことで、GGP-Japanネットワークは北極、北半球中緯度帯、赤道域、南半球中緯度帯、そして南極をカバーしたグローバル観測網になった。現在SGを使った国際協力観測プロジェクトGGPが走っている(期間:1997年7月から2003年7月の6年計画)が、ここでは、GGPとGGP-Japanネットワーク、また北極での観測立ち上げの状況について紹介する。
1.GGPの概要とGGP-Japanネットワーク

 日本、中国、オーストラリア、インドネシア、アメリカ、カナダ、フィンランド、ドイツ、ベルギー、オーストリア、フランス、イタリアの12カ国における17カ所の超伝導重力計(SG)観測点を結んだ国際観測プロジェクトGGP (Global Geodynamics Project) が1997年7月1日から2003年までの6年計画で行われている[1]。 GGPは従来各国、各機関が独自に行っていたSG観測を、統一した規格でデータをとり、地表での重力変化を国際観測網としてモニターしょうとする観測プロジェクトである。 図1に現在GGPに参加している各国の観測点の配置を示す。
図1 GGP及びGGP-Japanネットワークの超伝導重力計観測点。黒丸は日本の観測点を、白丸は外国の観測点を示す。

GGPではGGPデータと称する1分サンプリングの重力データと気圧データがベルギー王立天文台に置かれたGGPデータセンターに集められている。
 日本のSGグループはGGPの計画段階からGGP-Japanネットワークを展開し、GGP国際観測網でも大きな役割を担っている。GGP-Japanネットワークは、国内3点、国外4点からなる(図1で黒丸で示した点)。 図1に見るように外国の観測点がヨーロッパ、北米の緯度的に比較的狭い領域に分布しているのに対し、日本の観測点は南北両半球にまたがる広い地域に観測点が配置されているのが特徴である。この配置は、例えば地球自由振動、潮汐、極運動による重力変化等、本来地球回転と関係した緯度依存性を持った現象の研究に本質的に重要な意味を持っており、この観測網で得られるデータに各国の注目が集まっている。 1999年3月にルクセンブルグで開かれたGGP国際ワークショップで、ドイツが南アフリカでの観測を2000年中に開始するとの発表があった。南半球での観測も徐々にではあるが充実しつつある。GGP-JapanネットワークのGGPデータは東京大学・海洋研究所のコンピュータに集積され、GGPデータセンターに送られている。
2.SG観測のターゲット

 SGは1nGalレベル(MKS単位では1x 10-11 m/s/s)の微小な重力変化を検出できる高感度と、極運動のチャンドラーウオッブル(14カ月周期)による重力変化も観測できる長期安定性を持っている。GGP標準として、アナログ信号のデジタル化に7.5桁のA/D変換器を使い1秒サンプリングすることが、またGGP1と呼ばれるアナログフィルターを使うことが勧告されている。 GGP1フイルターの特性を表1に示す。

表1 GGP1 フィルターの仕様
フィルターの型Bessel,8ポール
位相特性Sallen-Key 単一利得
コーナー周波数61.5mHz(16.3秒周期)
減衰特性-160 dB/decade
ナイキスト周波数での利得−100.0 dB (0.5Hz)
位相遅れ0.034度/cpd(cpd:cycle per day)
時間遅れ通過帯域中で一定(8.204秒)
利得変化 帯域0.01Hz以下
       帯域0.001Hz-0.02Hz
1%以下
4%以下
標準サンプリング周期1秒
周期1秒以上の信号が観測帯域になっており、地震、潮汐、極運動、そしてテクトニックな原因による地球重力場の変化といった長い周期の現象も観測のターゲットになっている。 SG国際観測網で研究の進展が期待される現象として;(1) 地球自由振動、(2)流体核で発生していると考えられる内部重力波(浮力振動)、(3)日周潮汐に現れる流体核共鳴、(4)サイレント地震、(5)大気・海洋・固体地球のカップリングダイナミックス、(6)極運動に対する地球の応答、(7)テクトニックな運動による重力変化、等が挙げられる。
3.研究の進展

 上に述べたように、SGを使った観測では地震帯域から測地学が研究対象としてきた長い周期現象までカバーしたデータがとれている。SGデータを使った最近の研究成果として先ず挙げられるのは、南極・昭和基地のSGで世界で初めて見出された地球自由振動の常時励起である[2][3]。 この現象はその後多くの国際地震計観測網データの解析でも見出され、現象の存在は確立した。励起機構として、大気の熱乱流が地表を叩くことが有力視されている。地球自由振動の低周波側から潮汐帯域にかけて気圧、海洋の影響が急に大きくなるが、キャンベラのSGデータの解析から、気圧を補正することで地球自由振動の低周波基本モードが従来にないシャープさで検出できることが示されている[4]。 潮汐と自由振動の中間の周波数帯域(サブサイスミックバンド)は、重力に対する気圧や海洋の影響で言うと、それが動的な影響から静的な影響へと変わる遷移的な周波数帯域になっている。この帯域の研究は、地震計の周波数特性の関係もあり、あまり進んでいない。しかし、SGの長周期帯での低ノイズレベル・安定性が地震計に比し格段に高いことから、この周波数帯域についても大気や海洋とカップリングした波の研究が今後進展することが期待される。
地球潮汐以上の長い周期帯では大気・海洋の影響が顕著に現われる。このため、人工衛星高度計データを使った海洋潮汐モデルの高精度化が精力的に行われている[5]。また中緯度・赤道域で厄介な問題に地下水の影響がある。厄介な点は、入力関数である地下水の時間変化またその広がりが正確に捉えにくく物理モデルの構築が難しい点にある。 このため、重力計に近い場所での地下水位の時間変動を入力として重力データの応答を調べ、補正する方法が行われている[6]。これら地表での擾乱の影響を調べる研究は、例えば重力データから流体核共鳴におけるマントルと流体核との境界でのカップリングの強度・メカニズムを調べるなど[7]、地球深部での運動と関連した重力変化を抽出する上で避けて通れない。
SGの長期安定性は地球回転変動(特に極運動)による重力変化が明瞭に捉えられていることで示されている。この重力変化は主に年周(12カ月周期の強制振動)とチャンドラー(14カ月周期の自由振動)の2成分からなる。この2つを分離するには最低6年間の観測が必要であるが、現在利用可能な江刺、キャンベラ、昭和基地のSGデータ使い、観測された極運動帯域での重力変化と物理モデルとを比較する試みがなされている[8]。 その解析の結果、年周成分については、固体・海洋潮汐の予測値、また極運動・海水面変動(SSH変動)データとを使って計算した物理モデルと観測値との比較から、観測された振幅(1μGal以下)の80%以上を、また位相については10°以内で再現できることが明らかになった。地球回転パラメータ(自転速度変動と極運動)はVLBI(超長基線電波干渉計)やGPS(汎地球測位システム)等の国際観測網により1ミリ秒角以上の精度で観測されている。 上記の結果は、極運動データを入力に、SG観測網のデータを出力として極運動に対する地球の応答を重力でも議論出来るようになったことを示している。従来、重力観測では大気・海洋の影響はノイズと考えられてきた。しかし、大気・海洋変動の数値予測や人工衛星高度計等による全球メッシュ時系列データが充実してきており、大気・海洋の変動による重力変化をノイズではなく、地球の固体と流体とが各周波数帯域でどのようなカップリングをし相互に影響し合っているかを研究することが可能な時代になって来た。 SG国際観測網のデータはそのような地球システム科学を研究するための貴重なデータを提供していると言える。なお、SG関連の最近の研究成果については、月刊地球のSG特集号に紹介されている(1999年8月号、通巻242号)。
2001年の打ち上げを目指し、米国NASAではGRACE(Gravity Recovery and Climate Experiment)と呼ばれる衛星を使った重力観測計画が進められている。この観測は5年間にわたり、地球重力の時間変動を時間分解能約12時間、空間分解能約100 kmで数 μGalオーダの精度で測定しようとするもので、そのデータは大気・気候変動、氷河後退に伴う地殻の隆起、プリューム・マントル対流その他、地球ダイナミックス研究に革命をもたらす可能性を持っている。 またGRACEを補完する類似の衛星観測計画CHAMP (Challenging Mini-Satellite Payload) がドイツを中心に進められている。SG観測網データとこれらの衛星データを比較する研究が日本のSGグループと米国のグループの間で始まっている。 当面の目標は衛星測定のグランドツルースとしてのSGデータの応用、即ち衛星重力データの精度、性能の検証のための比較である。SGでは1点1点で見た重力の時間変化が、また衛星重力では質量分布の級数展開係数の時間変化 が観測量になっており、比較には両者を結びつける物理モデルが必要になる。 例えば、海面変動の影響については衛星高度計のデータを使い地上での重力の時間・空間変化を1μGalの精度で再現することが可能になってきており、このようなモデル計算を基に両者を比較することで、それぞれのデータを解釈する精度が向上することが期待される[9]。
4.Ny-Alesundでの観測立ち上げ

4-1.調査、観測準備
 観測点はグリーンランドの東にあるスバルバード諸島のスピッツベルゲン島にある。観測点のおおよその位置は北緯78度56分、東経11度52分で、南極・昭和基地(南緯69度)より約10度ほど極に近い(図1参照)。メキシコ湾流の支流が島の近くまで上って来ており、1997年の気象観測の結果によると厳冬期の1月の月平均気温が -15.6度と昭和基地に比べ気温は高く、夏には花が咲く。しかし、極地であるため冬のアクセスは容易ではない。
 ニーオルセンはノールウエイ極地研がキングス湾炭坑会社に委託して運営している国際観測村である。ここには今回の観測の協力機関であるノールウエイ地図局の測地観測所があり、口径20mのアンテナを使い週3、4回の割で1年を通してVLBIによる地球回転・位置変化の観測を行っている。この他にSG観測と関係がある観測として、SG観測点から東約1.2 kmの地点にある港(約500トンクラスの船舶が接岸できる)で地図局による海洋潮汐の連続観測が行われている。
 IRIS(Incorporated Research Institutions for Seismology)の観測点(観測点略称:KBS)も置かれており、Bergen大学によってSTS地震計による観測が行われている。STSと同じ基台でラコスト重力計による地球潮汐の連続観測が地図局の手で行われている。また、日本とノールウエイの極地研がそれぞれ気象観測を行っている。このように、島では種々の観測が行われており、今後SG観測データとの比較、解釈に必要となるであろうデータは入手できる環境にある。
 日本の極地研は、北極観測の拠点としてRABBENと呼ばれている建物を借りているが、重力計の基台(4mx4m)はこの建物の脇に設置されている。今回の観測のため、ノールウエイ地図局に依頼しこの基台を覆う重力計室が新築された。建物は海から立ち上がった高さ約40mの坂と言うよりは崖の上、海からの距離約120mの位置に建っている。 観測点の南、約70mの位置に東西に小型機のための滑走路が走っている。観測室の建設に先立ち、VLBIアンテナの駆動による地動ノイズ、飛行機の離発着時の振動調査を依頼した。1998年10月に、Bergen大学のスタッフの協力で重力計の基台上での振動調査が行われた。アンテナ、飛行機のいずれの影響も小さいが、基台の構造上、基台の上を人が歩くと大きな振動が発生するとの報告であった。 なお、1998年7月7日から8月31日にかけ、同じ基台を使ってドイツのグループが絶対重力計FG5による測定を行っている。その結果によると、静穏日のデータによると150ドロップを1セットとする60セットの観測で、セットの標準偏差が1.2μGal、平均標準偏差が7.3μGalと日本の静穏な地での観測と同程度の誤差での観測ができている。

4-2.観測状況
 重力計の基台は、X字型に永久凍土の基盤まで打ち込まれた鋼材に観測基台が載った構造になっている。地表から基盤までの距離は4、5mで、地表の土壌の孔隙率が比較的大きいことが予想される。上で述べたように近くに滑走路があるが、飛行機の離発着の振動が小さいのは、この土壌構造も一役かっていることが考えられる。 調査時(1998年9月)には、基台の2隅にGPSのアンテナタワー(約6m高)が立っていたが、 RABBENの屋根からの電波反射で観測データの質が思わしくなくとの理由で、新たな観測点に移設される。 風圧によるこれらアンテナが発生するであろう振動の影響が懸念されたが、この問題はなくなった。観測室は重力計室と冷却器、コンプレッサーが置かれた前室の2室からなっており、基台は建物から切り離された構造になっている。
 現地での重力計の立ち上げ作業は、1999年9月11日ー19日の9日間にかけて行われた。今回の立ち上げでは、予冷に液体窒素を使わず全て液体ヘリウム(LHe)で行った。このため、予冷に要するLHe量として100リットルが予想されていたこと、また遠隔地であることから250リットルのLHeを注文したが、現地で受け取った際の残量は180リットルであった。今回の海上輸送中の海況状況は夏の終わりとは言えそれ程悪くはなかったこと、また、運搬に比較的安定性の良い沿岸警備局の大型船を使ったことを考えると、予想以上の運搬ロスで観測開始に必要な最低限の量であった。 このため、最終的にLHe残量約43%(53.7リットル)で連続観測が開始された。重力計の冷却システムの性能向上で蒸発量は約0.09%/日と少ないが、残量の推移と海氷の状況を見ながら慎重に次回の補給のタイミングを計っている。
 スバルバード諸島は雨量が非常に少ない地帯であるが、1999年の北極は異常気象でニーオルセンでも雨の日が多い年であった。観測立ち上げで滞在した9日間も雨天の日が多く、帰国間際にやっと雨が雪に変わった。到着時、建物は九分通り完成していたが、屋根の防水工事が終わっておらず、雨漏り対策をしながらの立ち上げ作業であった。その後、立ち上げ時に持ち込んだ泥が乾燥し、通常は1年に1度で良い冷却器のフイルターの清掃を現地の人にたのみ観測開始後1月足らずで行うことになった。 観測室の全景、重力計の設置状況、収録装置を図2、3、4に示す。
図2 ニーオルセンに新設された重力計室。
図3 ニーオルセンでの重力計設置状況。
右:小型超伝導重力計(CT#039)、
左:重力計エレクトロニックス、A/D変換器、記録計。
図4 データ収録装置。上の棚に置かれているのは円筒振動型高精度気圧計。
観測に使用されているSGは小型の重力計CTで、器械ナンバーは#039である。収録しているデータは、重力、気圧、重力計内部温度、内部傾斜計、室温2箇所、冷却器水温の計15種類で、データ量は 1日約4メガバイトである。 2000年3月にVLBI観測室と重力計室との間での通信回線の工事が完成し、オーストラリア・キャンベラと同様にftpによる水沢からの現地PCからのデータ吸い上げが可能になった。  連続観測を開始したのは1999年9月19日であるが、その直後にM7を越える大きな地震が2つ相次いで起こった。 図5は、1999年9月20日に台湾で起こった地震の記録とそのパワースペクトルである。 また、図6は静穏時のスペクトルである。
図5(上下) ニーオルセンのSGで観測された1999年9月の台湾地震の記録とそのパワースペクトラム。
図6 ニーオルセンに設置したSGの静穏日のスペクトラム。1999年9月から11月にかけての3カ月から選ばれた18日間のスペクトラムをスタックして得られた結果。
絶対重力計との比較による正式の感度検定がまだされていないので正確なことは言えないが、図6のノイズレベルから、短周期でのバックグラウンド振動の振幅は昭和基地と同程度と考えられる。観測ノイズに室温変化が影響している可能性もあり、現在その改善策を地図局と検討している。なお、ここに示した図を含め、同じ島で行われているIRISのSTS(観測点KBS)とSGとの比較結果は今年6月の合同学会の海半球セッションで発表(名和、他)を予定している。
5.おわりに

SGは相対重力計(重力の絶対値ではなく、相対変化を精密に測定する重力計)で、様々の場所での観測結果を結び付けて観測点全域での(全球的な)重力変動を求めるには、絶対重力計による重力計の感度とゼロ点の検定が必要になる。SGと絶対重力計との並行観測は、長期変化の議論の精度を上げる上で不可欠の事項である。GGP-Japanネットワークで得られているデータの質の向上を図るため、東京大学・地震研究所、国土地理院、京都大学、オーストラリア科学・工業研究機構等、色々な機関の協力を得て機会を見て各観測点での絶対重力計との比較観測を実施している。 この頻度を上げることが当面の課題である。一方、例えば極運動による重力変化の研究では年周成分とチャンドラー成分を無理無く分離するには最低6年間の観測が必要であるが、最高のコンディションで観測をいかに継続するかも大きな課題と言える。
マンパワーの関係もあり1秒データの公開が遅れているが、江刺、バンドン、キャンベラ、ニーオルセンについては2000年6月末を目標に準備を進めている。SGデータは従来の加速度計では得られなかった広い周波数帯域の情報を含んでおり、多くの方々にデータを利用していただき、重力で見た地球の研究が進展することを期待している。

[参考文献]
[1] Crossley et al., EOS, Vol. 80, No. 11, Mar.16,    1999.
[2] 本ニュースレター第1号, 須田・名和.
[3] Nawa, et al., EPS, 50, 1998.
[4] 名和 他, 1999年地球惑星科学関連学会合同大会  予稿集.
[5] 松本 他, 月刊地球, 1999年8月号.
[6] Mukai, IAG Proceedings "Gravity, Geoid, and   Marine Geodesy", 997.
[7] 佐藤, 笹尾:月刊地球, 号外, No. 17, 1997.
[8] Sato et al., 投稿中.
[9] 福田, 測地学会誌, 第46巻, 1号, 2000.
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