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機動型広帯域地震観測と海底観測の準リアルタイム化 |
金沢敏彦(東京大学地震研究所) |
1.はじめに |
2.機動型広帯域地震計 |
2-1. センサーの姿勢制御装置 |
2-2. デジタルレコーダーの開発 |
2-3. 水中音響通信による海底地震計の制御 |
2-4. 1秒地震計による長期試験観測 |
2-5. 広帯域地震センサー |
3.海水電池 |
4.準リアルタイム海底観測データ収集システム |
5.まとめ |
1.はじめに 海半球ネットワーク計画は、新しい観測窓を海洋底に開けて、全ての地球活動の根源であるマントルとコアの運動の軌跡を実測し、プレートテクトニクスを超える新しい地球観創造への道を開くことを目的としている。海洋底に開ける新たな観測窓のひとつとして、準リアルタイム・機動型広帯域地震観測がある。具体的には、広帯域地震計による1年間程度の機動型観測を海底で行い、その地震波形データを準リアルタイムで船上あるいは陸上まで伝送できるようなシステムを開発しようということである。海洋底における長期観測は、電源や信号伝送手段の困難さ等からこれまで実現するには至っていなかったのであり、この開発は非常にチャレンジングである。現在、システムをいくつかに分解して要素ごとに開発を進めている。 ここでは機動型広帯域地震計、海水電池、準リアルタイム海底観測データ収集システムという形にまとめて開発要素を紹介する。文頭へ |
2.機動型広帯域地震計 海底設置型センサーや海底下埋設型センサーの使用は、ボアホール地震計と違って設置場所や設置時期が拘束されない自由さがある。その都度の研究目的にあった観測網を機動的に構築できるという点が大きな魅力であり、海半球ネットワークでは、1000 kmスパンのボアホール海底地震観測所3か所に加えて、機動型観測システムによって、より高密度に高精度地震記録を取得しようとしている。波形情報を利用するために重要となる海底とのカップリング特性等が海底観測を通じて解決すべき課題として残されているが、 要素の開 発は順調に進んできており、平成10年度は自己浮上型海底地震計システムに組上げて、海域における試験観測を行う予定である。以下に要素開発の進捗状況や関連する観測実験等について述べる。文頭へ |
2-1. センサーの姿勢制御装置 平坦な場所に設置できるとは限らない海底観測では、センサーを姿勢制御装置に装着して傾斜地や凹凸地でも観測ができるようにすることが重要である。一般的に2軸ジンバル機構を使うが、振動系であるため観測の周波数特性に影響を与える。そのため観測時には可動部を安定にロックする機構のジンバルを新たに開発した。CPUが傾斜センサー信号を処理してモーター制御を行い、直交して組まれた2枚の1/2円筒を動かすことで、センサーの姿勢を2軸制御する仕組みであり、30度までの傾斜地での観測に対応する。 図1に1秒地震計用に開発したジンバル機構の外観を示す。 |
図1 センサーの姿勢制御装置(ジンバル機構)の外観 固有周期1秒のLennartz社製地震センサーLE-3Dlite用に開発した姿勢制御装置。広帯域センサー(CMG-1T)用も同型式で開発する。 |
姿勢制御した後は、側面を板ではさみ付ける形で1/2円筒を固定することによって、リジッドなベースに地震センサーが固定された状態となる。観測開始時と毎日定時に自動制御が働き、1/2円筒が1度以上傾いている場合には1/2円筒を順に動かして姿勢制御する。 制御パラメターは、海底地震計のデジタルレコーダーあるいは直接つないだPCから設定変更することができる。 ジンバル機構制御のブロックダイアグラムを図2に示す。 |
図2 センサー姿勢制御装置のブロックダイアグラム |
このジンバル機構に1秒地震計Lennartz社製LE-3Dliteを装着して、後述するデジタルレコーダーと組み合わせて試験観測を行った。場所は、STS-1による広帯域地震観測の行われている東京大学地震研究所筑波地震観測所である。 ノイズスペクトルのSTS-1との比較を図3に示したが、7秒〜10 Hzの帯域でほぼ同一のスペクトルとなっており、この新しいジンバル機構が広帯域地震計にも適用可能であるという感触が得られた。 |
図3 姿勢制御装置に装着したLE-3Dlite地震センサーとSTS-1広帯域地震計のノイズスペクトル(上下動成分)の比較。1秒より短い帯域に見られるいくつかのピークは、比較観測を行った筑波地震観測所の場所に固有な地動である。7秒〜10 Hzの帯域で両者のスペクトルはほとんど同一である。 |
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2-2. デジタルレコーダーの開発 数か月〜1年といった長期の海底地震観測は、消費電力と観測精度、ダイナミックレンジとのトレードオフが開発のキーとなる。特にアナログ増幅、フィルター、AD変換など、データの精度を決定するデジタルレコーダーの設計には悩みがつきない。開発したデジタルレコーダーのブロックダイアグラムを図4に示す。 |
図4 デジタルレコーダーのブロックダイアグラム |
このレコーダーは、AD変換、データの記録の他、電源管理、時刻管理、ジンバル機構の動作制御、音響コマンドの受信及びデータの送信といった音響切離装置の制御など、地震計システム全体を制御している。観測パラメターは通常、海底設置前にPCを接続して設定する。海底設置後の観測中でも、音響通信によりパラメター変更および内蔵時計の管理を行うことができる。低消費電力型のAD変換器を使用して、128 Hzサンプリング時に実効18.5ビットの分解能を得ている。低・高2段階に増幅率を変えたセンサー出力をそれぞれAD変換することによって、 ダイナミックレンジの拡大を 図っている。SCSI接続の2.5インチまたは3.5インチのハードディスク(HDD)を記憶媒体として最大8台まで接続することができ、現在入手可能な9ギガバイトの3.5インチHDDを使えば72ギガバイトの記憶容量が実現する。通常の観測では消費電力の観点から、5 V単電源の2.5インチHDD(810メガバイト)8台を接続して総記憶容量6.5ギガバイトとして使用することが多い。WINフォーマットによるデータ圧縮効果もあり、3か月連続記録に充分である。また、記録チャンネル数(8 ch or 4 ch)、サンプリング周波数(128 Hz or 64 Hz)を変更することも可能である。文頭へ |
2-3. 水中音響通信による海底地震計の制御 観測中の海底地震計に対して、船上から動作状況の確認やシステム制御、そして観測データのモニタリングが抜き取りでできれば、信頼性の高い機動的観測を行うことが可能となる。新しい世代のオフライン海底地震観測にはこのような機能が必要と考え、水中音響通信によるデータ伝送機能(伝送速度600 bps)を持った次世代の音響切離装置の開発を進めてきた。前述のジンバル機構とデジタルレコーダーは、この新しい音響切離装置との接続を前提に開発されており、船上から送られた制御コマンドの受信・実行、 船上に向けて の動作ステイタス・データ等の送信を可能なものにしている。また、デジタルレコーダーのリアルタイム・クロックの時刻較正も以下の手順で可能である。海域での測定がまだ充分ではないが、数ミリ秒の精度で測定できると考えている。 時刻較正の手順:船上局から送信した正分パルスを受信すると、海底局(音響切離装置)は船上局に向け一定の時間遅れでパルスを送信し、同時にパルスを受信したシステム時刻がデジタルレコーダーのメモリ上に記録される。船上局側では海底局からのパルスを受信することによって、正分パルスの水中往復走時を測定することができる。この往復走時とデジタルレコーダーのメモリ上に記録された正分パルス受信時刻より、海底地震計内部クロックとGPS時刻とのズレの測定が可能となる。文頭へ |
2-4. 1秒地震計による長期試験観測 前述した開発要素は、個別に従来型の自己浮上型海底地震計に組込んで自然地震観測等に使いながら開発を進めてきた。平成9年度には1秒地震計として新たに組み上げた長期観測型システムを、Ridge Flux '97航海leg 1によって東太平洋海膨の熱水活動域に設置した。開発したジンバル機構に装着した1秒センサーLE-3Dlite、デジタルレコーダー、データ伝送機能をもつ音響切離装置を耐腐食性に優れた50 cm径のチタン球に収納したタイプのものであり、 今回の観測ではリチウム電池を使用して3か月間連続記録する仕様としている(図5)。 |
図5 1秒地震計による長期観測型システムの外観 南緯18度26分、水深2,600 mの東太平洋海嶺で現在観測中のもの。平成10年9月に米国の深海潜水艇アルヴィン号で回収する予定。潜水艇を使って設置・回収するために重りを特別な形状にしたり、熱水活動の活発な海底という環境を考えて腐食に強いチタン材を使用するなど工夫している。 |
回収は平成10年度を予定しており、約1年の長期にわたるシステム動作と耐腐食性についての確認が目的である。この試験観測の結果を踏まえて、最終ステップである広帯域地震センサーを用いたシステム開発に入る。文頭へ |
2-5. 広帯域地震センサー どの形式のセンサーを使用するかは観測帯域をはじめ、精度、分解能と関わり、観測の質に影響する。陸上のSTS-1広帯域地震観測と同等の質での観測をめざして、小型で耐衝撃性の高い英国Guralp社製CMG-1T(観測周波数帯域360 - 0.02秒、3200 V/m/s)の耐衝撃性能のさらなる向上をこれまで図ってきた(図6)。 |
図6 広帯域海底地震計に搭載予定のGuralp社製地震センサーCMG-1Tの外観 耐衝撃性の向上と軽量化のための改良を行った。この後、基板をはずすなど、ジンバル機構に搭載するための改造を行う。 |
ようやく満足すべきレベルに達したので、1秒センサーによる長期観測の要素技術と総合化して広帯域・長期観測型システムを組み上げ、残された課題である海底とのカップリング等を平成10年度に行う海域試験観測によって解決する。文頭へ |
3.海水電池 ノルウエーSIMRAD社に特注した海水電池(SWB600)は、並列スタックして大容量化できるので長期観測に適している。平成9年度は、深海底でも使用できるように出力電圧0.9 - 1.2 Vを12 Vに昇圧するためのDC-DCコンバータとアキュムレーターとなる鉛蓄電池を収容する耐圧容器(耐圧6,000 m水深)を新たに製作して、システム化した。 鉛蓄電池から発生する気体によって耐圧容器の内部圧力が異常に高まるなどの可能性もあるため、深海型減圧弁の新たな開発も行った。SWB600の使用可能水深は3,000 mまでとされているが、周囲に発電に必要な海水の流れがあれば原理上水深に制約はないはずである。 今回の減圧弁付き耐圧容器の開発によって水深6,000 mでの海底発電実験が可能となったので、平成10年度は浅海に設置して電池単体とシステムの性能評価を行った後、観測機器と接続して深海底での試験を実施する。文頭へ |
4.準リアルタイム海底観測データ収集システム 長期の海底観測において、ダイアルアップによる準リアルタイム観測は研究上有用である。興味ある地震の波形データを研究に用いたり、地殻変動観測などサンプリングレートの大きくない観測データを連続取得することができるようになる。海中での減衰が大きい電波は長距離通信に使えないが、水中音波を利用すれば長距離通信が可能である。 図7に超音波通信手法と衛星通信を利用した準リアルタイム海底観測データ収集システムの概念図を示した。 |
図7 準リアルタイム海底観測データ収集システムの概念図 |
これまでに、重点領域「地球中心核」において、QPSK方式 1200 bps(通信距離10,000 m、搬送周波数13 kHz)の超音波通信モデムを開発し、またMFSK方式1200 bpsの超音波通信モデムを海底電位差計のデータの回収に使用するなど、超音波通信手法に取り組んできた。
その後、衛星通信と組み合わせた準リアルタイム海底観測データ収集システムの開発に取り組んできたが、ここにきて4,800 bpsの速度で連続で海底から陸までデータ伝送できるシステムが組上がり、 海域試験を実施する段階まできた。
消費電力に関してはまだ改善すべき点があるが、ダイアルアップによる準リアルタイム観測が見えてきた。本システムは、海底局、海上局(海面ブイ)、陸上局の3つのサブシステムから構成され、サブシステム間が水中音響通信(海底局−海上局)と衛星通信(海上局−陸上局)によって結ばれている。
水中音響通信の送受波器と衛星通信(N-STAR)アンテナの双方を備えた海上局が、陸上局から海底局への操作コマンドの送信、海底局から陸上局へのデータ送信の中継点となっている。主な仕様を列挙すると、
水中通信:半2重双方向通信 |
5.まとめ 平成10年度は、これまでの要素開発を総合化して海底設置型広帯域地震観測システムを実用化する。海水電池、準リアルタイム海底観測データ収集システムの海域試験を行い、長期観測、ダイアルアップによる準リアルタイム観測の展望を開く。文頭へ |