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"920km 不連続面" その後 |
川勝 均(東京大学地震研究所) |
はじめに |
インドネシア弧下の不連続面のマッピング |
中部マントル不連続面とマントルダイナミクス |
おわりに |
[はじめに] 我々は 1994年の論文(Kawakatsu and Niu)で、それまであまり特別な構造があると思われていなかった下部マントルに地震波速度の不連続構造があることを示した。 当時は観測領域が限られていたこと、観測された不連続面の深さが920 km周辺に集中していたことから "920km 不連続面" として公表した。 しかしながらその後の研究から深さは少なくとも 900-1100 kmの間で変化するらしいことがわかってきており、現在我々は "mid-mantle discontinuity(中部マントル不連続面)" と呼んでいる。 本稿では、この不連続面に関連するその後の研究状況を紹介したい。 |
[インドネシア弧下の不連続面のマッピング] 海半球ネットワーク計画においては、まずインドネシア弧下の構造を詳細に解析した。解析に使用したデータは、海半球ネットワーク以前の日本国内の短周期地震観測網(通称 J-array) とアジア地域に展開されているグローバル広帯域観測網(FDSN)のものである(観測網を作ったからといってそのデータを使ってすぐ結果が得られるのではないところが、ネットワーク作りをうたっている計画のつらいところである)。 解析手法としては、P波の直後にくる不連続面での微弱な変換波をアレイ解析を行って検出する方法を用いた。 解析結果は図1にまとめられている。 図1 インドネシア弧下のマントル不連続面。(上)解析域の地図と地震 (中)南緯5度での断面図。地震の位置(小さい丸)と短周期波形から検出された不連続面の深さが示されている。 (下)大林・深尾らのトモグラフィモデルと長周期波形から検出された不連続面の位置。(Vinnik et al., 1998.) ここで上の図は解析対象地域と解析に使った地震の地図である。インドネシア弧下の深発地震を使っている。 下の2つの図は南緯5度で切った断面図で、真ん中の図には微小地震の位置(小さい丸)とJ-arrayの短周期波形データから検出された不連続面の位置をプロットしてある(Niu and Kawakatsu, 1997)。 下の図には、マントル・トモグラフィによって得られた速度構造モデルと、周期 10 秒程度の長周期波形の解析から検出された中部マントル不連続面の位置が示してある(Vinnik, Niu, and Kawakatsu, 1998)。 2種類の独立なデータから、同様の(特に東経110-115度の間に)中部マントル不連続面が得られたことは重要である。 このような解析からわかるもうひとつのことは、地震波速度(特にS波速度)はこの不連続面を境に増えているということである。 トモグラフィーのデータは 660 km不連続面の直下に高速度領域があることを示しているが、速度が増えているという観測事実は、不連続面はこの高速度領域の底ではないことを示唆する(図2)。 図2 中部マントル不連続面と高速度領域(HVA)の関係 (Kawakatsu and Niu, 1997.) 短周期のデータからは不連続面は東から西へ高速度領域の存在とともに深くなっているように見え、高速度領域存在と不連続面の位置に何らかの関係がある可能性を示唆する。 中部マントル不連続面の存在が、660 km不連続面を突き抜けて下部マントルに突入した高速度領域(かつての海洋プレートであろう)をさらに深く入り込むのを押しとどめている、という風に読み取ることも可能である (Vinnik, Niu, and Kawakatsu, 1998)。この点に関しては、1997年度の客員研究員のLev Vinnik教授を今年度も招待して研究を続ける予定である(7月ー12月)。 |
[中部マントル不連続面とマントルダイナミクス] 最近のマントル・トモグラフィの結果によると、沈み込んだ海洋プレート(スラブ)に相当する高速度領域は660 km不連続面の上に横たわる場合もあるが、もう少し下の1000 kmあたりまで入り込んでそこで停滞している場合が多い(たとえば、大林・深尾らの最近のモデル)。 トモグラフィの初期には、スラブが 660 kmを突き抜けるかどうかが問題にされてきたが、近年の傾向は1000 km - 1200 kmあたりに構造の変化があるのではないかという方に移ってきているようにみえるのは筆者の(希望的)偏見であろうか。 昨年度の海半球センター客員教授のSteve Grand教授も、最近そのような発表をいくつかのシンポジウムでしている。筆者の知る限りトモグラフィーの結果から1000 km辺りに構造の変化が見られることを最初に指摘したのはTanimoto (1990)である。 ここでは900 km - 1200 kmに何らかの構造変化があるのではないかという最近のマントルダイナミクスの周辺状況を紹介して、中部マントル不連続面との関連を指摘したい。 我々の論文を受けてCaltechのWen and AndersonとMinnesota大のYuenのグループは、過去1億2-3千万年の間にマントルに沈み込んだと推測されるスラブの位置・量とマントル内の高速度領域の相関が最も良いのは1000 km辺りの深さであることを指摘した(図3)。 図3 沈み込んだ海洋プレートの位置とトモグラフィの高速度領域の相関:多くのモデルで1000 kmの深さ辺りに高い相関が見られる。(Kyvalova et al., 1995.) すなわち、過去のプレートのreconstractionによって沈み込んだと予想される海洋プレートの多くは1000 kmあたりに溜まっているのではないかという指摘である。その原因としては、その深さ辺りに何らかの境界があるのではないかとWen and Anderson (1995)は推測している。 Wenらはさらに境界面をそこに置くことで、他の原因ではなかなか説明できなかった長波長の地表地形の分布(dynamic topography)をうまく説明することができることを示した。 Forte and Woodward (1997)は、地震の波形・走時データと geoid のデータを同時に解析し(トモグラフィとマントルダイナミクスの同時インバージョン)、マントルのS波速度の3次元分布と660 km不連続面の起伏を求めた。 この際彼らは、上部マントルと下部マントルの間で流れがほとんど起こらないモデル(すなわちマントル二層対流)でも、全マントル対流的モデルと同等にデータを説明できることを示した。彼らのモデルによると、上下方向の熱の流量は図4のように1000 km付近に最小値を示す。 図4 マントル対流モデルの熱輸送の深さ分布(太線):1000 km周辺にminimumの値を取る領域があり、この深さで構造のパターンが急激に変わることを意味する。(Forte and Woodword, 1997.) これはマントルの構造の変化がこの辺りにあることを示し、我々の研究との関連を議論している。 つい最近MITのグループ(van der Hilst and Karason, 1999)は図5のようなものを発表して、下部マントルに物質変化を含む領域があるのではないかと提案した。 図5 MITモデルの深さ方向のパターンの変化(太線):"radial correlation" は深さ方向の構造の連続性の指標で、絶対値は重要でない。(van der Hilst and Karason, 1999.) 論文の内容はさる事ながら、図5はMITのトモグラフィーモデルも深さ1000 km辺りに地震波速度構造が大きく変化する領域があることを示し、興味深い(図5の太線 : マントルのそれぞれの深さの構造が上下の層とどれだけ似ているかを示す)。 以上のように中部マントル1000 kmの深さ辺りに構造のパターンが変化する領域があるのは、様々なトモグラフィモデルの共通な特徴らしい。またこの深さでマントルの粘性率が急激に上昇するといった研究もあり、中部マントルになんらかの構造があるのではないかと考える研究者の数は増えているようだ。 しかしながら今まで提出された観測事実はそれほど決定的なものではない。今後、地震学・プレートテクトニクス・マントル対流を統合するような研究が増えてくると予想されるが、その時に中部マントル領域がどようように見えてくるかが楽しみなところである。 また日本のお家芸(?)の高圧物性科学の方面からの研究も大いに期待されるところである。 |
[おわりに] 上では、中部マントル不連続面をマントルの1次元的な構造と結び付ける考え方を紹介した。しかしながらこれとは別に、我々がみているものは下部マントルにある不均質のひとつの例にすぎないと考えることも可能である。 最近内外の研究者(Kaneshima, Niu, Castle et al.) がそれぞれ独立に、下部マントル内に様々な傾きを持った面的な不均質を検出している。我々が見ているものは、このような不均質面がたまたま水平になっているものなのかもしれない。 下部マントルにこのような不均質がどの程度存在するのかは現在のところ不明であるが、グローバルなマッピングをするには現在の観測網ではなかなか難しいかもしれない。 海半球ネットワークを含む様々なネットワークの拡充を図るとともに、解析する側としてはこつこつとindisputable な地震学的観測事実を提出していかなければならない。 [文献] Forte and Woodword (1997), J. Geophys. Res., 102, 17981-17994. Kawakatsu and Niu (1997), OHP symposium proceedings, 102-104. Kyvalova, Cadek, and Yuen (1995), Geophys. Res. Lett., 22, 1281-1284 Niu and Kawakatsu (1997), Geophys. Res. Lett., 24, 429-432. Tanimoto (1990), J. Phys. Earth, 38, 493-509. van der Hilst and Karason (1999), Science, 283, 1885-1888. Vinnik, Niu, and Kawakatsu (1998), Earth, Planets, and Space (OHP sepcial issue), 50, 987-997. Wen and Anderson (1995), Earth Planet. Sci. Lett., 133, 185-198. |