研 究 目 的
研究目的
千島海溝・日本海溝から年間8cmという世界でも有数の早い速度で沈み込みを続けている太平洋プレートは,活発な深発地震活動を深さ660km付近まで伴いながら,南側は660km層の上で、北側は660km層を突き抜けて深さ900km付近で滞留しているものと考えられている(Fukao et al. 2001).千島・東北日本弧スラブが滞留していると考えられている場所は,ロシア沿海州・サハリン・オホーツク海にあたる.しかしながら,ソビエト連合崩壊後この地域では地震計が殆ど稼動しておらず,結果的にこの滞留スラブを直接通過した地震波線が得られないため,地震波トモグラフイーで得られる画像の分解能が著しく低いという事実があった.本研究では,滞留スラブが存在すると考えられている上記のような地域において広帯域地震計による臨時観測を実施し,滞留スラブを「直接」通り抜けてくる地震波波形データを取得することにより,滞留スラブの南側から北側にかけての形態変化を鮮明に描写する.また,滞留スラブの周囲マントル(特に大陸側上部マントル)の非均質構造を表面波解析により求めると共に、遷移層微細構造を変換波・反射波解析により求める。以上を総合して、滞留スラブの形態変化の要因を観測の側から明らかにする。
領域内での研究の有機的な結合により、新たな研究の創造が期待できる点
 当領域は,観測とモデリングとの両輪を持って滞留スラブの詳細な描写とその物質的・力学的特性そしてそれらの結果を基にしたマントルダイナミクスの新展開を目標としている.この目標を達成するには,沈み込むスラブが何故ある場合には660km層の上に滞留し、またある場合には突き抜けてから滞留するのか、についての観測の側からの情報が必須である。本班が標的とする千島・東北日本弧は,まさにこの滞留スラブの形状変化が短い距離の間で起きている稀有の場所であり、その詳細把握は本領域にとって決定的に重要な情報をもたらす。しかるにスラブが滞留していると考えられる領域がロシア極東地域であり,そこは広帯域地震観測点は殆どなく、通常観測点も大半が休止を余儀なくされている.このため日本に最も近い地域でありながら,得られるスラブ画像の分解能は他の地域に比べて著しく低いという状況であった.したがって,本班が行う臨時地震観測で得られる広帯域データを波形解析することにより鮮明な滞留スラブの描写が可能となり,もって当領域に貢献することができる.
当該分野におけるこの研究(計画)の学術的な特色・独創的な点及び予想される結果と意義
 スタグナントスラブの一般的存在とその多様性(ある場合には660km層の上に滞留し、またある場合には突き抜けてから滞留するなど)は世界的に認知されるに至っているが、何故、滞留するのか、何故多様性が生じるのか、660km層はどのような役割を果たしているのか、などは未だ謎のままである。千島・東北日本弧は,南から北に向かってスタグナントスラブが660km層の上に横たわる状態から突き抜けてから滞留する状態へと急激に遷移する世界でも稀有の場所であり、沈み込むスラブとマントル遷移層との相互作用を解明する上で絶好の観測サイトとなっている。本計画の特色は、沈み込むスラブの滞留するメカニズムを解明するうえで最適の地域に、世界で初めて日露共同で広帯域地震計による長期アレー地震観測を実施するところにある。仮にこうした観測を構想しえたとしても、日露共同研究の豊かな実績を持つ本グループ以外では到底実行には移しえない点も強調したい。本観測により「確実に滞留スラブを通過した地震波」を得ることが可能となり、高い確度をもって滞留スラブの位置,および形状の把握が行える.これにより,滞留スラブの物性的・力学的モデリングに対して拘束条件を付すことができる.
国内外の関連する研究の中での当該研究の位置づけ
 これまで,千島・東北日本弧では多くの地震学的研究が行われてきたが,本研究のように沈み込んだスラブの深部での形態等をターゲットにした研究は極めて少ない.これは,既に述べたように,観測点がなかったことに起因している.したがって,この計画が実行されれば,世界で始めて千島・東北日本弧スラブの詳細な描写が可能となり,沈み込み帯の統一的な解釈および地球内部ダイナミクス研究に対して大きなインパクトを与えることが期待できる.

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