研 究 目 的
研究目的
遷移層から下部マントル最上部付近に滞留したスラブは、その後下部マントル深部へ崩落していく。しかしマントル最下部まで落下するか否かについては、現在大きな議論がある。最近の地震学的な観測結果からは、日本の地下の核マントル境界部に堆積したスラブ物質を想像させる地震波速度の高速度異常が認められる一方で、スラブは深さ2000km以深へは沈み込まないというモデルも提唱されている。この研究計画においては、スラブがマントル遷移層と下部マントル上部でなぜ滞留するのか、そして滞留したスラブが、なぜその後大規模な崩落を生じるのか、崩落にともなってスラブがどのように変化してゆくのか、そして本当にスラブが核とマントル境界部に堆積しているのかを、超高圧高温実験を駆使した物質科学的モデリングによって解明する。具体的には、(1)スタグナントスラブとマントルの熱的、化学的な相互作用を解明する。滞留するスラブからの脱水過程とそれによって生じる含水マグマの移動過程を解明するために、水(水素)の拡散係数、透水度、含水マグマの密度と粘性を決定する。また、スタグナントスラブ内での準安定相や相転移のカイネテイクスを解明し、それに対する水の影響を明らかにする。さらに下部マントルに滞留するスラブの含水量を推定するために、スラブ物質の熱・電気伝導度の測定とそれらへの水素の影響を明らかにし、観測結果との対比を行う。(2)下部マントルを崩落するスラブ内部で、準安定な鉱物が存在するのか否か、相転移反応がどの程度進行するのか、脱水反応生じるのかなどスラブの崩落中に生じる動力学過程を解明する。さらに、(3)下部マントルにおけるスラブの浮力を明らかにする。核マントル境界部までの圧力・温度を発生可能なレーザー加熱式ダイヤモンドアンビルセルを用いて、下部マントル全域にわたってスラブ物質の相平衡、各構成鉱物の密度と化学組成を明らかにし、スラブの密度(浮力)を決定して崩落したスラブの行方をモデルし、核マントル境界部におけるスラブ物質の有無を明らかにする。さらに、以上の諸過程をモデル化し、観測量との対比を可能にするため、スラブ物質の弾性定数をブリュアン散乱法によって測定し、観測される地震波速度と比較する。上記の(1)~(3)を総合して、周囲のマントルとの相互作用を考慮したモデルの妥当性を検証する。
領域内での研究の有機的な結合により、新たな研究の創造が期待できる点
超高圧地球科学は、超高圧高温条件の地球内部を再現し、地球内部の物質の存在様式を明らかにする分野である。この特定領域では、地震学的観測や地球電磁気学的観測研究、そして数値シミュレーション研究が重要な研究分野を構成している。観測研究によって解明される沈み込むスラブの密度、地震波速度の地域性や不均質性の物質科学的解釈のためには、地球内部を構成する物質の超高圧高温での物性量の測定が不可欠である。また、スタグナントスラブの数値シミュレーションには、地球内部構成物質の物性量が不可欠である。これら観測、物質科学、シミュレーションの有機的連携によって、スラブのみならず地球内部の観測量の実体と過去・未来予測が可能になる。
当該分野におけるこの研究(計画)の学術的な特色・独創的な点及び予想される結果と意義
スラブの沈み込みはマントル対流を駆動する原動力のひとつである。また下部マントルに崩落したスラブの行方を明らかにすることは、マントルの対流パターンや化学的層構造の解明に大きな意味がある。スラブ物質の高圧高温下における密度、相転移速度などを決定するには、高輝度な放射光X線が必要不可欠である。我々は、放射光X線とレーザー加熱式ダイヤモンドアンビルセルとの組み合わせて、160GPa・3000Kの超高圧高温下におけるX線その場観察実験が可能にしている。また我々は放射光施設スプリングエイトやフォトンファクトリーにおいてパワーユーザーとなっており、豊富なビームタイムを確保し、スラブの密度決定を世界の他のグループに先駆けて行うことが可能である。現状では地球深部物質の弾性定数の測定例は限られており、特に温度依存性に関する理解はきわめて乏しい。本研究ではこれまで培ってきた高圧高温発生技術を活かし、下部マントルを構成する鉱物の弾性定数を決定し、その温度依存性についても明らかにする。これによって、本領域研究で得られる地震波や電気伝導度の観測によって観測された下部マントルに崩落するスラブの実態に迫ることができる。
国内外の関連する研究の中での当該研究の位置づけ
特別推進研究「ホットスポットの起源」(研究代表者:高橋栄一)では地震学的な観測および高圧実験を行い、マントルの上昇プロセスの解明を目指している。本研究はスラブの崩落過程の詳細を物質科学的に解明しようとするものであり、マントル対流の理解を目指す点で、その相補的な役割を持つ。
平成16年度に継続する科学研究費補助金以外の研究費の課題との相違点
該当する研究費として21世紀COEプログラム拠点形成経費がある。このプログラムは固体および流体地球を含む全地球変動と地球進化史など、本研究よりも幅広い変動を対象にしている点で異なる。さらに、この経費は、主として研究者の派遣と招聘旅費、大学院生の育成、博士研究員の雇用等に使用し、本研究費とは使用目的が異なる。

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